ヤー公が言い分を聞いてくれないので困惑する(2)

ヤー公が言い分を聞いてくれないので困惑する(2)
前回記事の続き。
http://tuttle.blog.so-net.ne.jp/2015-09-09-1

 翌日,出勤した俺は領収書を鞄にしまい込み,露天商のところに集金に行く気満々で段取りをしていた。
 当時,携帯電話はおろかポケットベルでさえ一般的ではなかった頃なので連絡というのは全て固定電話で行われており,会社の始業直後というのはあちらこちらからの電話でてんてこ舞いになるのが日常的な風景だった。
 それで,段取りをしている最中,職場の事務員さんが俺の方をじろじろ見ながら消え入りそうな弱々しい声で応答している状態で俺と視線が合った。電話口では何か大きな声でがなり立てているのが向かいのデスクに座っている俺にもわかるくらいでかなりの剣幕らしいことは察しがついた。

 今,担当の者と代わりますので,と事務員さんは青ざめた表情で内線のボタンを押して「昨日の人,あの,お祭りの」と、しどろもどろになりながら俺に伝えたので俺は心臓が押しつぶされそうな錯覚を覚えた。
 何しろ30年も前のことなので,通話の内容がどういうものだったのかを一言一句まで思い出すことが出来ないのだが,物凄く緊迫した状況での出来事というのは人の記憶に何か空白というか穴ぼこというか,そういうものを形成してしまうのではないだろうか。
 その内容というのは,前日の修理が不首尾で状況が改善されていないから今すぐ来いというものだったことは覚えている。

 俺は物凄くダークな気分で現場に赴いた。露店の周辺には数人の筋者がいて剣呑な目つきで俺を睨みつけてきた。少しして親方が登場し,問題のひびが入った蓋は交換した方がいいのではないかと提案してきた。
 確かにそうですね,と俺は答え,事務所に戻って輸入元であるカルピジャーニ・ジャパンに問い合わせたのだが,その回答はまさかりで頭を叩き割られるくらい衝撃的なものだった。要約すると,

*そのパーツは8月現在,国内在庫がないのでイタリア本国からの取り寄せになる。
*本国はバカンスの最中で,業務の再開は9月中旬くらいになる模様。
*輸送方法は船便なので通関して入荷するのは10月末頃くらいに予想。
 
 俺は胃のあたりが鉛のように重くなった。入社して半年の下っ端社員である俺がこういう話をヤー公相手にしなければならんとは何と不遇な状況かと自分の運命を呪った。
 幾らヤー公とは言っても命まで取られるわけではないのだ,無理なものは無理と言い張れば引き下がってくれるに違いないと俺は自分を鼓舞しながらお祭りの会場に引き返した。

 しかし,凄みを利かせる露天商の迫力はそういう俺の言い分をいとも簡単に粉砕するのであった。その勢いに圧倒された俺はしどろもどろになりながら事情を説明するのだがヤー公のロックオンは大変強力で捕食する蛇のように俺を捉えて離さない。俺はもう、小便を漏らしそうな心境でヤー公の恫喝にビビりまくった。

 実はそこから先の成り行きを俺はあまり良く覚えていない。
ヤー公はとにかくこの機械を何とかせいと俺に迫って来た。
俺はその中身を一旦全部取り出し、ひびの入ったシリンダー周りの分解に取りかかった。
そこで何をやったのかを俺は思い出せないのだが、放免されたときには既に夕方になっていた。
放免された、ということは当時23歳の俺は何かをやって漏れるのを止めることができた、という事だ。何をやってしのいだのかは思い出せないが確かに俺は何かの処置を施してどうにか漏れるのを止めたのは間違いない。泣き落としだけで言い分を呑んでくれるほどヤー公は甘くない。
 ただし、前日の作業分を含めて修理代はもらえなかった。
 フローズンマシンは一台が終日使えずに売り上げに響いたのだから営業補償がないだけでも有り難いと思え、と言った言い分だったのではないだろうか。俺は物凄く疲労困憊しながらも何かしら命拾いしたような気分でグダグダになりながら事務所に引き返した。修理代がもらえなかった事について社内での叱責みたいな事は特になかったように覚えている。そりゃそうだろう。どうしても修理代をもらって来いと上役に言われでもしたら,いっそのこと退職届でも叩き付けて会社に販売責任があるんだからおまえが行って来いとか何とか怒鳴り散らしてやろうかと考えていたのだがそういうことはなかった。
 
 今はどうなっているのかわからないが本当に酷い職場だと俺は腹の底から当時の勤務先が頭に来た。一日のうちに色々なことがあり過ぎて大変緊張していたことは覚えているのだが人間,あまりテンションが上がり過ぎると所々記憶が飛ぶものなのかもしれない。(この項終わり)
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